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要約

ビオチンはビタミンB複合体(ビタミンB群)に属する水溶性ビタミンの1種である。ビオチンがビタミンとして立証されるまでにはその発見以後40年近くを要した(1)。ビオチンは全ての生物に必要であるが、生合成できる生物種はバクテリアや酵母、カビ、藻類やいくつかの植物に限られている(2)

機能

ビオチンは哺乳動物の5種類のカルボキシラーゼ(enzyme)の活性部位に結合する(3)。ビオチンがタンパク質など別の分子へ結合することを“ビオチニル化”という。ホロカルボキシラーゼ合成酵素(HCS)はアポカルボキシラーゼ(不活性型)のビオチニル化やヒストンのビオチニル化を触媒する(ヒストンのビオチニル化の項目を参照)。ビオチニダーゼはヒストンやカルボキシラーゼの分解産物(peptide)からビオチンを遊離する。

補酵素

各々のカルボキシラーゼは生命維持に必須の代謝反応を触媒する。

  • アセチルCoAカルボキシラーゼⅠ及びⅡはアセチルCoAに重炭酸イオン(HCO)を結合させマロニルCoAを合成する反応を触媒する。マロニルCoAは脂肪酸合成に必須である。アセチルCoAカルボキシラーゼⅠは細胞質での脂肪酸の合成に極めて重要であり、アセチルCoAカルボキシラーゼⅡはミトコンドリアでの脂肪酸の酸化(β酸化)を調節する。
  • ピルビン酸カルボキシラーゼは糖新生-糖質以外の物質(例えばアミノ酸)からグルコースを生成すること-において極めて重要な酵素である。
  • メチルクロトニルCoAカルボキシラーゼは必須アミノ酸であるロイシンの異化で、不可欠なステップを触媒する。
  • プロピオニルCoAカルボキシラーゼは特定のアミノ酸やコレステロール、奇数鎖脂肪酸(炭素数が奇数個の脂肪酸)の代謝で必須段階を触媒する(4)

ヒストンのビオチニル化

ヒストンはDNAと結合しコンパクトな構造にパッケージングすることでヌクレオソーム(クロモソームに不可欠な構造的構成要素)を形成するタンパク質である。コンパクトにパッケージングされたDNAは、DNAの複製や転写の際に弛まなければならない。アセチル基やメチル基の結合によるヒストン修飾(アセチル化もしくはメチル化)はヒストン構造を変化させ、DNAの複製や転写に影響を与える。数多くの証拠から、ヒストンのビオチニル化は細胞増殖や他の細胞応答と同様にDNAの複製や転写を調節する役割を持つことが示されている(5-7)

ビオチン欠乏症

明白なビオチン欠乏症は非常に稀であるが、ヒトにおける食事性ビオチンの必要量は異なる2つの状況での調査から明示されている。すなわち、ビオチン補給なしでの長期的経静脈栄養(非経口栄養)と長期間(数週間~数年間)にわたる生卵白の摂取である。アビジンは卵白中に存在する抗微生物タンパク質で、ビオチンと強固に結合し腸管からの吸収を阻害する。アビジンは加熱調理によって消化を受けやすくなる。その結果、アビジンは食事性ビオチンの吸収を阻害することができなくなる(8)

以下の3つは、ビオチン栄養状態の指標としてその有効性が実証されている評価基準である:(1)ビオチン酵素であるメチルクロトニルCoAカルボキシラーゼ活性の低下を反映する有機酸(3-ヒドロキシイソ吉草酸)排泄の増加(2)尿中ビオチン排泄の減少(3)末梢血リンパ球のプロピオニルCoAカルボキシラーゼ活性の低下(4, 9-11)

兆候と症状

明白なビオチン欠乏症の兆候として、脱毛や眼、口、鼻、生殖器周辺での鱗屑性皮疹が挙げられる。成人での神経症状としては、精神抑うつ、無気力、幻覚、四肢のしびれや刺痛がある。ある研究者は異常な脂肪分布を伴う特徴的な顔面皮疹を「ビオチン欠乏顔貌」と称している(8)。ビオチン代謝に遺伝性疾患のあるヒトは機能的な面でビオチン欠乏症となる。そのため、しばしば免疫機能異常や細菌等への感染症の増加、ビオチン欠乏症に似た身体所見が認められる(12)

素因的(欠乏しやすくなる)状態

ビオチン欠乏症はビオチニダーゼ欠損症など幾つかの遺伝性疾患で発症する。ビオチニダーゼは食事から摂取した結合型ビオチン(タンパク質に共有結合しているビオチン)を遊離する作用がある。そのため、ビオチニダーゼが欠損するとビオチンの腸管からの吸収は減少する。また、ビオチンはタンパク質へ結合することで再利用されるが、ビオチニダーゼに結合していないビオチンは腎臓で急速に排泄されるため、ビオチンの再利用は悪化し、尿中へのビオチン排泄が増加する(5,8)。ビオチニダーゼ欠損症は適度なビオチン補給で回復する。経口補給では5-10mg/dayのビオチンが必要となるケースもある。しかし、多くの場合はもっと少量のビオチンで十分である。ある種のホロカルボキシラーゼ合成酵素(HCS)欠損症の場合では、多量のビオチンが必要となる。HCSはビオチン酵素である4種のカルボキシラーゼとビオチンの結合を触媒する(機能の項目を参照)。HCS欠損症では、血中ビオチン濃度が正常範囲であってもホロ酵素化が低下する。そのため、多量(40-100mg/day)のビオチン補給が必要となる。先天異常であるビオチン輸送担体欠損症においても多量のビオチン補給が必要となる(13)。これら3つの疾患の予後診断は、ビオチン治療が早期(幼年期や幼児期)に開始され生涯継続された場合、概ね良好である(12)

長期間の生卵白摂取やビオチン不含の経静脈栄養だけでなく、その他の状況においてもビオチン欠乏症の危険性は増加する。発育中の胎児では細胞は急速に分裂するが、これらの細胞ではヒストンのビオチニル化と必須カルボキシラーゼの合成にビオチンを必要とする。そのため、妊娠中にもビオチン必要量は増加する。研究者は、相当な数の女性が正常な妊娠にもかかわらずその期間に軽度もしくは潜在性のビオチン欠乏症を発症すると示唆する(6,14)。しかしながら、妊娠期におけるビオチンの推奨目安量は設定されていない(目安量の項目を参照)。加えて、ある種の肝臓病ではビオチニダーゼ活性は低下し、理論上ビオチン要求量の増加が推察される。62名の慢性肝臓病の小児と27名の健常児の研究では、肝硬変を原因とする重篤な肝機能障害のある患児において血清ビオチニダーゼ活性の著しい低下が示されている(15)。しかし、この研究ではビオチン欠乏症については全く触れていない。さらに、てんかん患児の発作予防に使用される抗痙攣剤による治療はビオチン欠乏症の危険性を増大させる(16,17)。ビオチンと抗痙攣剤に関する情報については「安全性の項目」を参照されたし。

目安量(AI: Adequate Intake)

1988年、米国医学研究所食品栄養委員会(Food and Nutrition Board of Institute of Medicine)は、ビオチンの推奨量(RDA)を算出するには科学的根拠が不足しているとの判断から、推奨量ではなく目安量(AI)を策定した。ビオチンの目安量は、栄養要求量に見合ったビオチンの平均摂取量(35-60µg/day)で設定されている(1)

表1. ビオチンの目安量(AI)
ライフステージ 年齢 (月齢) 男性 (µg/day) 女性 (µg/day)
乳児期 0-6ヶ月 5 5
乳児期 7-12ヶ月 6 6
幼児期 1-3歳 8 8
幼児期・小児期 4-8歳 12 12
小児期 9-13歳 20 20
青年期 14-18歳 25 25
成人期 19歳以上 30 30
妊娠期 全年齢 - 30
授乳期 全年齢 - 35

疾病予防

先天性異常

ビオチンの分解速度は妊娠中に速まる。そのため、ビオチン栄養状態は妊娠経過中に低下することが指摘されている(6)。ある研究では、13名のうち6名の妊娠女性で妊娠後期におけるビオチン排泄量が正常範囲を下回っており、ビオチン栄養状態の異常な低下が示唆されている。妊娠女性の半数以上では、ビオチン酵素の活性低下を反映する代謝産物(3-ヒドロキシイソ吉草酸)の排泄量が著しく増加する。26名の妊娠女性の研究では、ビオチン補給よるこの代謝産物の排泄量の減少が示されており、軽度のビオチン欠乏症が妊娠女性において比較的共通の症状であることが示唆されている(14)。ある研究では、75%以上の妊娠女性でリンパ球のプロピオニルCoAカルボキシラーゼ活性(ビオチン欠乏症の指標)が低下した(18)。ビオチン欠乏の程度が診断兆候や症状を発症させるに至らないレベルであっても、潜在性ビオチン欠乏症が複数の動物種では先天性異常を誘発するといった報告もあるので、そのような所見には留意すべきである(16)。現在、少なくとも三分の一の女性は妊娠中に潜在性ビオチン欠乏症を発症すると推定されている(8)。確固たる証拠はないが、ヒトにおいても潜在性ビオチン欠乏症による先天性異常が示唆されている。結局のところ、ビオチン欠乏症を原因とした催奇形性(胚もしくは胎児の異常発達)の潜在的リスクが存在するのであれば、そうしたリスクを回避するためにも全ての妊娠期間で適切なビオチン摂取量を確保することが賢明である。妊娠女性は神経管欠損症の予防のために妊娠前と妊娠中にサプリメントで葉酸を摂取するようアドバイスされる(葉酸の項目を参照)。葉酸をマルチビタミン剤(葉酸を400μg以上含む)で摂取すれば、少なくとも30µg/dayのビオチンを容易に補給することができる。このレベルでのビオチンによる毒性は報告されていない(安全性の項目を参照)。

疾病治療

糖尿病

顕在的なビオチン欠乏ラットにおけるグルコース利用能の悪化は古くから知られている(19)。ヒトを対象とした研究では、43名の2型糖尿病患者の血中ビオチン濃度は健常者よりも有意に低下し、空腹時血糖値と血中ビオチン濃度の間に逆相関の関係が認められた。1ヶ月間のビオチン補給(9000µg/day)によって空腹時血糖値は平均45%減少した(20)。一方、10名の2型糖尿病患者と7名の健常者の研究では、28日間ビオチンを補給(15,000µg/day)しても空腹時血糖値には何ら変化が認められなかった(21)。最近発表された同一研究グループによる二重盲検 プラセボ比較試験では、同様のビオチン療法プロトコールで、糖尿病の有無にかかわらず高トリグリセリド血症患者の血漿中性脂肪レベルが低下した(22)。この研究では、ビオチンは糖尿病、非糖尿病患者の血糖値に何ら影響を与えなかった。さらに、二三の研究では、ビオチンとクロミウム・ピコリネートの併用補給が2型糖尿病の補助療法として有効であることが示された(23-26)。しかし、いつくかの研究では、クロミウム・ピコリネートは単独投与でも糖尿病患者の血糖コントロールを改善することが示されている(27)。クロミウムの項目を参照されたし。

1週間のビオチン内服(16,000µg/day)によって7名の1型糖尿病患者の血糖値が減少することが報告されている(28)。ビオチンによる血糖降下作用はいつくかの作用機序で説明することができる。ビオチンは、脂肪酸合成に必須の酵素(アセチルCoAカルボキシラーゼ)の補酵素として作用するため、脂肪酸合成でグルコースの利用を増加することが推察される。ビオチンは、肝臓においてグルコースの貯蔵型であるグリコーゲンの合成を亢進するグルコキナーゼを活性化する。また、ビオチンはラットのインスリン(血糖降下ホルモン)分泌を刺激することが確認されている(29)。グルコーストランスポーターに対するビオチンの効果については今も検討中である。現在までに、ヒトを対象とした血糖値に対するビオチンの効果に関する研究は数少ないため、更なる研究が必要である。

もろい爪

ビオチン補給は馬や豚の蹄の治療に効果がある。こうした事実から、ビオチン補給はヒトのもろい爪の強化にも有効と推測される。3つの非対照試験において、もろい爪の女性患者に対するビオチン補給(6か月間まで2.5mg/day)の効果が検討されている(29-31)。2つの試験では、治療期間の最後までフォローアップが可能であった参加者のうち69-91%で自覚的な臨床症状の改善が報告されている(29,30)。もうひとつの試験では、電子顕微鏡によるスキャンニングによって爪の厚みと縦裂を評価しており、ビオチン補給によって爪の厚みが25%増加し、縦裂が減少することを報告している(31)。これら3つ非対照試験では、ビオチン補給がもろい爪の補強に有用であることを示唆している。しかし、もろい爪の治療に対する高濃度のビオチン補給の有効性を評価するためには大規模なプラセボ対照試験が必要である。

脱毛

脱毛は重度なビオチン欠乏症の兆候(欠乏の項目を参照)であるが、ヒトの脱毛予防・治療に対する高濃度のビオチン補給の有効性について科学的に検証した研究報告はない。

供給源

食物供給源

ビオチンは多くの食品に含まれているが、他の水溶性ビタミンと比較するとその含量は概して少ない。卵黄、レバー、酵母はビオチンを豊富に含んだ優良供給源である。米国における大規模国民栄養調査では、食品中ビオチン含量のデータ不足からビオチンの摂取量を見積もることができなかった。極僅かな研究ではあるが、成人における平均ビオチン摂取量は40-60μg/dayと算出されている(1)。以下の表にビオチンの優良供給源とその含量を示す(32)。しかし、食品中のビオチン含量を化学的定量法で測定した近年の研究では、いくつかの同一食品においてその含量が全く異なることが報告されている(33)。(一般的にビオチンは微生物定量法で測定される〔訳者注〕)

表2. Some Food Sources of Biotin (32,33)
食品 一回当たりの摂取目安量 ビオチン量(µg)
酵母 1袋(7g) 1.4-14
パン(全粒小麦) 1枚 0.02-6
鶏卵(加熱調理) 大1個 13-25
チーズ(チェダー) 1オンス 0.4-2
レバー(加熱調理) 3オンス* 27-35
豚肉(加熱調理) 3オンス* 2-4
サケ(加熱調理) 3オンス* 4-5
アボカド 1個 2-6
ラズベリー 1カップ 0.2-2
カリフラワー(生) 1カップ 0.2-4

*3オンスの食肉の大きさは1組のトランプとほぼ同サイズである。

細菌による合成

小腸及び大腸に常在する細菌の多くはビオチンを合成する。ヒトにおけるビオチンの出納についてはよくわかっていない。しかし、ビオチン吸収のための特別なプロセスについては小腸及び大腸由来の培養細胞で確認されている(34)。これらは豚で実証された現象ではあるが、ヒトにおいても腸内細菌由来のビオチンを吸収することが可能であることを示唆している。

安全性

毒性

ビオチンの毒性は今のところ報告されていない。先天的ビオチン代謝疾患の患者では、経口ビオチン補給は200,000µg/dayまで良好な耐容性を示した(毒性を示さなかった)(1)。ビオチン代謝疾患のないヒトにおいても、2年間にわたり5,000µg/dayまでのビオチンを服用しても何ら副作用は認められなかった(35)。しかし、高齢女性が2ヶ月間10,000µg/dayのビオチンと300mg/dayのパントテン酸を併用摂取したところ、致命的な好酸球性胸膜心膜漏出が認められたとの報告が1件ある(36)。米国医学研究所は、1988年にビオチンの食事摂取基準が策定された際、ビオチンの副作用の報告がなかったことからビオチンの耐容上限量(UL)を設定しなかった(1)。Note: 1mg = 1,000µg

栄養素相互作用

パントテン酸(ビタミンB5)はビオチンと類似した構造のため、多量に摂取すると腸管からの吸収や細胞への取り込みでビオチンと競合する可能性がある(37)。さらに、ラットでは過剰量(薬理量)のリポ酸がビオチン依存性カルボキシラーゼの活性を低下させることが報告されている。しかし、ヒトではこれらの影響について確認されていない(4,38)

薬物間相互作用

長期間にわたり抗痙攣薬(抗発作薬)の治療を受けた患者では、ビオチンの血中濃度の低下と有機酸の尿中排泄の増加(ビオチン酵素であるカルボキシラーゼの活性低下の指標)が報告されている(39)。抗痙攣薬であるプリミドンとカルバマゼピンは小腸でのビオチンの吸収を阻害する。フェノバルビタールやフェニトイン、カルバマゼピンによる長期治療では、3-ヒドロキシイソ吉草酸の尿中排泄が増加するようである。小児では、抗痙攣薬であるバルプロ酸の服用がビオチニダーゼ活性の低下と関連している(17)。サルファ剤や抗生物質による長期治療では、腸内細菌によるビオチン合成の低下が推察される。そのため、理論上、食事性ビオチンの必要量が増加することになる。

ライナス・ポーリング研究所の推奨量

ビオチンに関しては、最適な健康状態の維持・増進や慢性疾患の予防に必要とされる食事性ビオチン量の情報は全く報告されていない。ライナス・ポーリング研究所では、米国医学研究所食品栄養委員会が推奨するビオチンの目安量(成人30µg/day)を勧める。多様な食生活によって多くの人が十分量のビオチンを摂取できるものと考えられる。しかし、マルチビタミン・ミネラルのサプリメントを毎日摂取するというライナス・ポーリング研究所の推奨に従えば、少なくとも一日当たり30µgのビオチンを摂取することができる。

高齢者(50歳以上)

現在、高齢者においてビオチン必要量が増加するとの指摘はない。食事から摂取するビオチンだけでは不十分であれば、マルチビタミン-ミネラルサプリメントを毎日摂取することによって、少なくとも一日当たり30µg/dayのビオチンが摂取可能となる。


Authors and Reviewers

Originally written by: 
Jane Higdon, Ph.D. 
Linus Pauling Institute 
Oregon State University

Updated in June 2004 by: 
Jane Higdon, Ph.D. 
Linus Pauling Institute 
Oregon State University

Updated in August 2008 by: 
Victoria J. Drake, Ph.D. 
Linus Pauling Institute 
Oregon State University

Reviewed in August 2008 by: 
Donald Mock, M.D., Ph.D. 
Professor 
Departments of Biochemistry and Molecular Biology and Pediatrics 
University of Arkansas for Medical Sciences

Copyright 2000-2024  Linus Pauling Institute


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